骨董品買取 朝伊苑

















京焼・清水焼の買取


京焼とは、粟田口焼・御室焼などの京都の焼き物を総称する呼び名です。
(楽焼・音羽焼・清水焼など)
京焼の作陶は、慶長年間にはじまったとされております。

なかでも清水焼は清水坂近辺の窯元で焼かれた陶磁器です。
現在は山科の清水団地を中心に作陶されております。

京都の焼き物は、江戸時代には粟田口、御室などと分散しておりましたが、
現在では清水焼が多くを占めております。

京焼・清水焼の有名作家

青木木米
永楽保全(十一代)
永楽和全(十二代)
尾形乾山
奥田頴川
高橋道八
仁阿弥道八
野々村仁清
三浦竹泉
久世久宝
清水六兵衛

京焼・清水焼の買取

京焼・清水焼の名碗

★黒楽茶碗(青山) 重要文化財 在:樂美術館
三代道入の作品です。
黒に印象深い柄が浮かびます。

★赤楽茶碗(鵺) 重要文化財 在:三井文庫
三代道入の作品です。
「平家物語」において源頼政が鵺を退治する話があります。
その鵺(日本の妖怪)の怪雲を連想させることが名前の由来です。
~平家物語の鵺退治~
その昔、天皇のおわします清涼殿。いつからか夜毎、物の怪の鳴き声が響き、黒煙が沸き起こり、時の二条天皇は病に伏せてしまいます。
源頼政は、家来の猪早太(いのはやた)を従え、ご先祖、頼光の弓を手に、物の怪退治に夜の御所へ向かいます。
すると案の定、不気味な鳴き声が響きわたり、黒煙が立ち込めます。
頼政が先祖伝来の弓を引き絞り矢を射ると、鵺が悲鳴をあげて落下いたします。
それ以来、清涼殿の怪事はおさまったとか。
二条天皇の病も癒え、手柄をあげた頼政は、獅子王の名刀を賜ります。

★赤楽茶碗(乙御前) 本阿弥光悦 重要文化財
腰に丸みを帯びた、半筒形の茶碗です。
名前の由来である乙御前は、頬の膨らんだお多福のことです。

★赤楽茶碗(雪峯) 本阿弥光悦 重要文化財 在:畠山記念館
口縁から胴にかけて雪崩れるような白釉を、山々に積もる白雪に見立てて、光悦自身が名付けたと謂われます。

★楽焼黒茶碗(雨雲) 本阿弥光悦 重要文化財 在:三井記念美術館
黒飴色の楽薬を塗り、塗れてない所には黒褐色の色味が風雅に残ります。

★黒楽茶碗(時雨) 本阿弥光悦 重要文化財 在:名古屋市博物館
箱の蓋表に「時雨」の蒔絵銘があります。(曼殊院門跡良尚法親王の筆))

★赤楽茶碗(太郎坊) 長次郎 重要文化財 在:今日庵

★赤楽茶碗(無一物) 長次郎 重要文化財 在:頴川(えがわ)美術館

★楽焼黒茶碗(大黒) 長次郎 重要文化財 在:三井文庫

★楽焼黒茶碗(東陽坊) 長次郎 重要文化財

★黒楽茶碗(ムキ栗) 長次郎 重要文化財 在:文化庁

★黒楽茶碗(俊寛) 長次郎 重要文化財 在:三井記念美術館


┏┻┻┳山城の刀剣┳┻┻┛

三条派

☆三日月宗近 在:東京国立博物館

天下五剣のひとつです。国宝に指定されております。
平安時代の山城の名工、三条宗近の鍛えた名刀です。
佩裏に「三条」と銘が切ってあります。
秀吉の正室、高台院が所持しておりました。

☆鷹の巣宗近
現存しておりません。
「三条」の二次銘を切っております脇差しです。

その昔、山中の大木に鷹の巣があり、そこにこの刀があったという逸話が名前の由来です。

1587年の島津義久降伏の時に、秀吉が島津家に与えました。
後に第二次世界大戦に際し、不明となりました。

☆波くぐり宗近
現在の所在は不明です。
「宗近」の二次銘を切ります。
毛利の名将として名高い小早川隆景の所持でありました。

粟田口派

★鬼丸国綱 在:宮内庁

天下五剣のひとつです。
山城の名工、粟田口国綱の鍛えた名刀です。
「国綱」と二字銘を切ります。

~「鬼丸国綱」名前の由来~
世は執権、北条時政の時代。
時政の御殿には、夜な夜な鬼が現れ、時政は苦しんで病に伏します。
ある夜のこと、「国綱の太刀」と名乗る翁が夢に現れ、自らの錆を落とすよう時政に頼みます。
その通りに刀の錆を奇麗にしたところ、抜き身で立てかけていた刀が倒れ、火鉢の足を切ります。
切れた火鉢の足は鬼の形をしていて、それ以来、時政は鬼の悪夢に苦しむことはなかったということです。

以後、鬼丸国綱は北条家の家宝として伝来します。
後世には足利将軍家に渡り、さらに足利義昭から織田信長へ贈られます。


☆秋田藤四郎 重要文化財 在:京都国立博物館
吉光の打った短刀です。
山城の藤四郎吉光は、越中の郷吉弘、相模の正宗と(名物三作として)並び称される名工です。

秀吉の家臣である秋田実季(さねすえ)が所持しておりました。

☆厚(あつ)藤四郎 国宝 在:東京国立博物館
長さの割には厚めの短刀です。
根元が1.1cmもあり稀有な拵えとなっております。

☆一期一会(いちごひとふり) 在:宮内庁
短刀の多い吉光では稀有な太刀になります。
秀吉の愛刀でありました。
大坂城落城後は尾張徳川家に伝わります。
そして孝明天皇に献上されます。

☆五虎退(ごこたい) 在:上杉博物館
1559年に上洛した上杉謙信が、正親町天皇より拝領した短刀です。
上杉家御手選三十五腰のひとつです。
その昔に、遣明船の使節団の一人が、中国で五匹の虎に襲われ、この短刀で追い払ったという逸話が由来です。

☆凌(しのぎ)藤四郎
信長、秀吉と伝わり、伊達政宗の所持となります。
徳川家光が政宗にこの刀を所望すると、政宗は「太閤殿下の形見である」として拒みます。
後に、伊達忠宗(政宗の子)が家光に献上します。
忠宗はその代わりに仙台城の二の丸増築を許されます。
明暦の大火により焼失いたします。

☆鯰尾藤四郎 在:徳川美術館
鯰の形に似た稀有な造形の脇差しです。


来派

★愛染国俊 重要文化財

愛染明王の彫りが施された短刀です。
「国俊」と二字銘が切ってあります。

徳川家康より、大坂の役で戦功を立てた森忠政に与えられます。

★新身国行(あらみくにゆき)
現存しておりません。
新身(新刀のように健全な刀)のような状態であるため、この名が付けられました。
1578年、上月城落城の際に、尼子勝久が山中鹿之介に託します。
山中鹿之介はだまし討ちにあい、刀は毛利輝元に渡ります。

★有楽来国光(うらくらいくにみつ) 国宝
織田長益(有楽斎)が所持しておりました。
後に加賀の前田利常に伝わり、加賀前田家に伝来します。

★面影
現存しておりません。
来国行の打った太刀です。
刀身に顔がはっきりと映ることが名前の由来です。

その他

☆加藤国広 重要文化財 在:三井記念美術館

堀川国広の打った名刀です。
加藤清正の愛刀として知られます。
清正の娘が紀州徳川頼宣へ輿入れする際に持たせたと謂われます。

☆鶴丸国永 在:宮内庁

五条国永の鍛えた名刀です。
「国永」の二字銘を切ります。
江戸時代、京都の藤森神社に一時保管されておりました。

☆圧切長谷部(へしきりはせべ) 国宝 在:福岡市博物館

長谷部国重(長谷部派の祖)が鍛えた名刀です。

織田信長から黒田官兵衛に与えられたと謂われます。
信長が罪ある家臣を成敗する際に、棚の下へ逃げ込んだので、(刀を振らずに)棚ごと圧し切ったという逸話が、名前の由来です。